「不妊症体験談27」 2010.04.10


体験談を書くのは今回で2回目となり、とてもうれしいことです。以前お世話になったのは5年前のことで、赤ちゃんがほしい、そんな思いで漢方薬を飲み、4ヵ月後には妊娠がわかり、初産婦とは思えない安産で出産しました。そろそろ二人目がほしいと考えていたので今回は迷いもせず再度先生に連絡しました。前の経験からすぐに妊娠できると思っていました。特に何も考えず、処方していただいた漢方薬を飲みました。でも1年半ほど過ぎてもなかなか妊娠できず、不安になり、ある日先生に相談してみました。「先生、向こう半年間で妊娠できなければ一旦漢方薬をやめようと思うのですが・・・」すると先生は「いいんじゃないですか?期限のない仕事は実現しないっていうし、それに、本当にお子さんを授かりたいと強く望むのですか?もう一度、よく考えてみてください」というアドバイスを受けました。私は本当のところ、今は今で娘も日々成長してくれているので幸せだし、自分のやりたいこともできて時間もとれるようになってきたので本当に子供を望むのか、必要なのか、5年前のドキドキしながら先生のところに伺った真剣さはなく、ただ通っていれば・・・という気持ちで、それがこの結果なのだと思いました。先生にご指摘されてからは、身体が冷えるコーヒーをやめ、できるだけ、身体を冷やさないように心がけ、赤ちゃんが欲しいとイメージしました。それから2ヵ月後めでたく妊娠できました。すぐに先生に報告し「やはり気持ちの問題だったのですね」と会話をし、先生も喜んでくれました。妊娠=出産。私は疑いもなく勝手にそう思っていました。でも次の産婦人科での検診で小さな小さな赤ちゃんの姿は超音波でも見れませんでした。「6〜7週くらいであるべき袋がみえません。残念ながら子宮外妊娠か流産でしょう」と言われました。帰り道、私は車の中で泣きました。産婦人科って赤ちゃんが生まれる場所だけじゃないんだ。知っていることでしたが、まさか自分が・・・、知っているのと実際に経験するのとは違います。それでも、もしかしたらこのまま無事出産できるのではと思い、お腹に手をあててなでていました。すると4歳の娘が「お母さんのお腹の中にはもう赤ちゃんはいないよ、お母さんが身体が悪かったからぴょんぴょんって飛んでいったよ」と涙を出して言いました。「私は本当にそうなったらどうするの?」と娘を叱りました。私は現実を受け入れられないでいたのに、娘は不安定ながらも私が悲しむことも知りながら教えてくれたのです。妊娠してから私は喉がいがいがし、でも風邪ではなく、何かいつもとは違う感じで、妊娠した時の症状だと思って特に気にしていませんでした。それからすぐに流産しました。初期流産、10人に1人は経験することです。妊娠に気づかない方もみえます。産婦人科の先生はそう説明されました。日に日になんだかたまに悲しくなったり自分を責めたりとしている時、主人から「悲しいのはお母さんだけではないんだよ」と言われ、娘からは公園のベンチで私が座っていると「お母さん、踊ろう」と言って私の手を引っ張り、一緒に踊りました。アンパンマンの歌でした。「もし自信をなくして、くじけそうになったら、いい事だけ、いい事だけ思い出せ」アンパンマンの歌詞です。先生からも「妊娠できたんだからもう一度がんばりましょう」と励まして頂き、私は周りの方々にどんなに支えられているんだろうと改めて感謝しました。そして家族で話し合い、乱雑になった部屋をみんなで掃除をし、生まれてこれなかった小さな命に「ありがとう」と言って見守ってもらうことにしました。気持ちの整理がつき、落ち着いてきた頃、約半年後、私は再び妊娠しました。今度は大丈夫かなぁという思いもありましたが、先生より励ましの言葉も頂き、今年の1月上旬に無事出産できました。男の子です、安産でした。痛かったのは40分程でした。ちょうど1年前は流産後くよくよしてアンパンマンの歌を歌っていた頃です。私が気づかないうちに、娘にも随分助けられました。日々の成長を嬉しく思います。「生まれてきてくれてありがとう」この気持ちを忘れずにいたいと思います。そして娘にも去年は言えなかったけれど、「あの時流産のこと教えてくれてありがとう」。時に厳しい言葉を、時に励ましの言葉を掛けていただいた先生に、「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。」


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